profile

フェリックス・ゴンザレス=トレス

1957年キューバ・グアイマロ生まれ、1996年マイアミでHIV関連の疾病にて没。

1979年からNYに暮らし、自らをアメリカ人と自称したゴンザレス=トレスは、ニューヨーク大学の国際写真センターでMFAを取得した87年から本格的にアーティストとしての活動を開始します。ジョセフ・コスースやローレンス・ウィナーから影響を受け、ミニマルアートやコンセプチュアルアートの系譜を引き継ぎ、そこに時間や関係性で変化する生成や腐敗の要素を取り入れた、独自の作品を展開させています。特に「人に等しく訪れる時間」という性質と結びつきの深い題材を扱い、生死をテーマにした作品や、作品への関与を通じて時間を観客と共有するなど、日常的なモチーフに思想的な強度をもたせて完成させる作品を発表し、没後も世界各所で作品が展示されています。また市民権が今よりもさらに低かった当時に、自らが同性愛者であることを公言し、政治的な問題意識を作品に落とし込んでいきました。

87年から91年までは、教育や文化活動などの共同作業を行う美術家集団「Group Material」に参加し、コミュニティへの政治的な介入に問題意識を抱きながら、政治的な情報に基づいた活動を様々に展開していきます。89年に「見えないコミュニティの記念碑」として制作し、”People With AIDS Coalition 1985 Police Harassment 1969 Oscar Wilde 1895 Supreme Court 1986 Harvey Milk 1977 March on Washington 1987 Stonewall Rebellion 1969”と書いたビルボードタイプの作品《Utitled》は、ストーンウォールの反乱20周年を記念してNYのシェリダンススクエアに設置されました(2020年現在、オリジナルは美術館で保管中)。ストーンウォールの反乱は、1969年6月28日にNYのゲイバー「ストーンウォール・イン」で立ち入り検査を受けた客や従業員が、初めて警察官という国家権力に真っ向から立ち向かった事件を皮切りに、次々と性的マイノリティの権利を唄う活動が開始されていった一連の活動で、同性愛者の権利獲得運動の転換点として象徴的に知られている出来事です。その後も今回のプロジェクトの作品や 、NY市内に24箇所の看板として設置した2つの身体の痕跡が意味ありげに残るベッドの写真作品《Untitled 》、2つの鎖につながったコード付きの電球がぶら下がる《Untitled (Petit Palais)》など、自分のセクシャリティや愛そして生死を通じて社会の構造を問いかける作品を発表していきます。モチーフの扱いに特徴的なのは、同じ時計を並べた《Untitled (Perfect Lovers)》や同じ窓とカーテンを並べた《Untitled (Loverboy)》などの作品に代表されるような、ミラー、金属リング、電球など、同じ形を2つないし複数対峙させたり明滅させるなどの展示方法です。こういった「正確な対称性」は同性愛者の愛を暗示する「完璧な恋人」の記号として、2つの身体と意識を表そうとするものです。対してインドのリンガとヨニなどに顕著なように、非対称の組み合わせは「異性愛の象徴」として古来から表象文化の中に登場しています。

ゴンザレス=トレスは1990年にはアンドレア・ローゼンギャラリーのNY支店のオープニング展を飾り、1994年にロサンゼルス現代美術館やワシントンDCのハーシュホーン美術館で展示されるなど精力的に活動をつづけます。1995年にNYのソロモンR.グッゲンハイム美術館で行われた回顧展は、その後世界を巡回します。その他もホイットニービエンナーレ、ベネチアビエンナーレなどの数多くの大きな国際展に参加をつづけながら、HIV関連の疾病に悩まされていきました。1992年に恋人を同じくHIV関連の疾病で失い、トレス本人もその後の1996年に生涯を閉じます。38歳で逝去した後も作品の評価は続き、2007年には第52回ベネチアビエンナーレのアメリカ館代表として展示されました。さらに最近では2010年から11年にかけてブリュッセルのWIELS現代美術館美術センターが企画した6部構成の展覧会が、バイエル美術館やバーゼル美術館そしてNY近代美術館 (MoMA)を巡回するなど、現在も数多くの人に作品を通して生と死と人間のあり方を語りかけています。