Return
オープニング・レセプション
11月8日(土)17:00 – 19:00
ワコウ・ワークス・オブ・アートはこのたび、11月8日(土)より、ラウル・デ・カイザーの個展「Return」を開催いたします。
当画廊での3回目の個展となる今回、マーティン・ゲルマンをキュレーターに迎え、作家が82歳で逝去する直前の2012年春から夏にかけて完成された15点を中心に展示します。
画家が一生を過ごしたフランドル低地、北海にほど近いその一帯の平らな風景、身の回りの品々、キャンバス自体の分割、さらに色彩や筆致、ジェスチャーをめぐる問いかけ。今展で展示するのは、50年にわたって彼の制作を形作ってきたこれらの主題へと立ち返る絵画作品です。2015年のロンドンでの個展で初めて紹介されたこの作品群の一部に、今回、初期の作品を加えて展示します。
デ・カイザーの静謐な絵画は、抽象と具象の中間に存在するのみならず、さらにその先を指し示しています。画面を構成するシンプルな形と筆跡はことさらに物語を語ることなく空間と形態を提示し、最小限の語彙が生み出す意外なほどの視覚的強度によって、時間をかければかけるほど手応えの深みが増す鑑賞体験がもたらされます。それぞれの絵画が物質であるという事実を超え、新たな位相へと向かいながら、絵画に何ができるかを探究しているのです。シンプルに見えながらも、実際には長い時間をかけて熟成された考察によって生み出された彼の作品は、1960年代から2010年代までのキャリア全体を通して、その時々の潮流に反応しつつも、独自の絵画的言語に一貫して忠実であり続けてきました。
今回展示される作品は、アーティストの体力が尽きる直前に実現した意識的かつ綿密な構築によって制作されたシリーズとして、彼の制作活動全体を読み解く「ソースコード」の一部となっているといえます。一本の簡素な垂直線、海景、すぐ手に取れる身近な物などが描かれた画面上では、物質としての絵画への意識が触覚的、可視的に示されており、また彼の作品に特徴的な控えめかつ茶目っ気のあるユーモアもそこに見ることができます。この作品群に備わる控えめな気品はキャンバスや塗膜の物質的な脆さと呼応し、美と崩壊の境界面を探り続けています。
展覧会タイトル「Return」は、ラウル・デ・カイザーの制作スタイルそのものを示しています。キャリア全体を通じて画家は繰り返し過去の主題に立ち返り、それらを更新して新たな絵画に適用してきました。「回帰とは新たな旅でもある」という彼の言葉はよく知られています。構想段階のある時点において今回の展示作品を含む一群を「Tokyo Wall」と彼が名付けたという事実は、今展に特別な意味を与えています。
マーティン・ゲルマン
ベルギー、ドイツ、日本を拠点に活動するキュレーター。2025年まで森美術館にてアジャンクト・キュレーター(非常勤学芸員)、また2012年から2019年までベルギーのゲント現代美術館(S.M.A.K.)にてシニア・キュレーターを務める。キャリアの初期は、2008年から2012年の間、ドイツのハノーファーにあるケストナー・ゲゼルシャフトに在籍、2003年から2006年にかけては第3回および第4回ベルリン・ビエンナーレに携わった。2016年、リリ・デュジェリーの個展「時のひだ」がベルギーの最優秀展覧会に贈られるAICA賞を受賞。2018年に、S.M.A.K.で行われたラウル・デ・カイザーの回顧展「oeuvre」のキュレーションを担当。回顧展は、2019年にドイツ・ミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネへ巡回した。
ラウル・デ・カイザー
1930年ベルギー、デインゼ生まれ。2012年同地で没。「画家の中の画家」と呼ばれ、具象と抽象の境界を越える本質的な絵画で知られる。美術批評とスポーツ記者の仕事を経て、1963〜64年にデインゼの美術アカデミーでロジャー・ラヴェールに学ぶ。1960年代には、フランドルでラヴェールが中心となった動向「Nieuwe Visie(新しい視覚)」に参加し、この潮流は国際ポップ・アートに隣接していた。1970年代からは油彩が制作の中核となり、その後も継続する。各期で表現は変化を見せるが、デ・カイザーは身近なものや空間の観察から出発し、直観に導かれて形と色を単純化・抽象化し、モチーフを反復して検証する姿勢を貫いた。イメージを成立させる最小の要素(線・面・色面、余白)の探究と、幾何学に回収されない柔らかな筆致とが併存し、生まれた像は鑑賞者の心象へ静かに開かれていく。