Lost Time
アーティストレセプション
9月12日(金)17:00 – 19:00
ワコウ・ワークス・オブ・アートはこのたび、2025年9月12日より、オランダのアーティスト、フィオナ・タンによる《Lost Time》を世界初公開いたします。
《Lost Time》 は、天井から吊り下げた7枚のガラスによるインスタレーションです。それぞれのガラスパネルには、ローマ、アムステルダム、ロンドン、アラスカ、東京、モスクワ、アテネの各都市でなされた改定によって暦から抹消された期間がサンドブラスト加工によって刻まれています。
古代ローマのユリウス・カエサルが導入して以来、ユリウス暦は西洋において広く用いられていました。しかし365.25日を1年とするこの暦と実際の地球の公転周期との間にはわずかな誤差があり、400年で約3日ずれていくというものでした。数世紀にわたる運用のうちにそのずれは次第に無視できない大きさとなり、年中行事や宗教的祭事に重大な支障をもたらすようになりました。
そこで、天文学者と数学者があらためて精緻な計算をおこない、公転周期により近い新しい暦が1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世によって公布されました。このグレゴリオ暦が様々な議論を呼びながら18世紀から20世紀にかけて広がり、各地で暦改革がおこなわれた際に、それぞれの暦に大きな欠落が生じることとなりました。
日本でもまた、1872年(明治5年)に、太陰太陽暦(いわゆる旧暦)から太陽暦(グレゴリオ暦)への改暦がおこなわれ、ほぼ1ヶ月間が消え去り、12月2日の翌日が翌年の1月1日となったことで混乱が生じました。しかし福沢諭吉ら知識人が太陽暦を強く推奨し定着に至ったとされています。
フィオナ ・タンの《Lost Time》は、この世界各地で生まれた欠落を視覚化し、色とりどりのガラスパネルのずれと重なりが生み出す揺らぎによって、歴史的空白に備わる奥行きについて想像するよう鑑賞者に働きかけます。
「…それよりも奇妙なのは、一部の市民たちが『時間を奪われた』と信じ、暦の改革によって自分たちは本来より早く死ぬことになったと確信していたことだ。詩人フィリップ・ラーキンの言う通り『日々こそが私たちの生の場』なのだ」(会場で配布予定の作家によるテキストから抜粋)
暦改革への人々の反応は、賃金や記念日、誕生日や喪の期間といった日々の区切りへの信頼が揺らぐとき、時間がたんなる数値ではなく心の単位にもなりうることを露わにしています。個の記憶と集合の歴史、見る行為と記録の関係について探究を続けてきたタンの最新作を、この機会にぜひご高覧ください。
9月12日(金)17:00より、アーティストを囲んでレセプションを開催いたします。また現在、ポーラ美術館で開催中の「ゴッホ・インパクト:生成する情熱」展( – 11月30日)、国立新美術館で開催中の「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」展( – 12月8日)にて作品を出品中です。9月13日(土)に国立新美術館で開催されるアーティスト・トーク(14:00-17:00)にはタンが登壇いたします。併せてぜひご高覧ください。
フィオナ・タン
1966年インドネシア・プカンバル生まれ、オランダ在住。アムステルダムのヘリット・リートフェルト・アカデミーを1992年に卒業後、96年から97年にかけてオランダ国営アーティストインレジデンスに滞在。丹念なリサーチに基づくヴィジュアルアートや映画を中心に制作し、映像作品を介して時間や記憶や歴史の紡ぐ先を探求している。ベネチアビエンナーレのオランダ館代表展示など、毎年数多くの展覧会が各国で開催されている。日本での主な個展は、金沢21世紀美術館(石川、2013年)、東京都写真美術館(2014年)、国立国際美術館(大阪、2014年)、IZU PHOTO MUSEUM(静岡、2016年)。